ワールドリブート 『夕焼け』プロローグ1−1(商店街)


「そろそろ日が暮れますよ。早くお帰りなさい」


子どもたちの背中を押す、夕方のチャイムが響きました。
沈みゆく太陽が西の空を真っ赤に染めると、冷たい風が流れて来ます。
街路樹の落ち葉を舞わせながら、商店街を小走りするおとこのこがいました。
寒気を受け頬が紅潮していますが、それは若干興奮気味だったことも
あるかもしれません。
おとこのこは惣菜屋に入ると元気良く
「いつものお願い」と、お店のおばちゃんに笑いかけました。
おばちゃんはまるで、おとこのこが来ることを予め知っていたかのように
コロッケが包まれた紙を手際良く袋に入れて渡してくれました。
おとこのこのおかあさんは、このお店のコロッケが大好きなのです。
できたてのコロッケの熱を頬で確かめて、おとこのこはお勘定を済ませます。
「もうすぐだね」お店のおばちゃんは品物のケースから身を乗り出して
微笑みました。
「今日かもしれないんだよ」
おとこのこは鼻息荒く、大きく大きく手を広げます。
彼はもうすぐ、おにいちゃんになるのです。
ずっとずっと、待っていました。おとうさんとおかあさんにお願いをして
神さま仏さまコウノトリさまにも毎晩寝る前にお祈りをしていたのです。
おとこのこかな、おんなのこだろうか、いっしょに何を見ようか遊ぼうか
楽しみでしかたありません。
おとこのこだったら、キャッチボールを。おんなのこだったらあやとりを
覚えて、教えてあげないと。
まずは、元気なのが一番です。はやく、はやく、逢いたいな。
おとこのこは惣菜屋のおばちゃんに手を振ると、おかあさんが入院
している病院の方へ足を向けました。


おとこのこは白い息を吐きながら、商店街を走り抜けていきます。
街路樹の葉が風に吹かれて、乾いた音を立てました。
おとこのこは風の冷たさに身を強張らせましたが、不思議と寒くはありません。
それどころか生温さを感じたのです。


背中から感じる風はどんどん強く、暖かく、熱く、激しく迫って来ます。


おとこのこの走るスピードが、追い風に押されどんどん速くなります。
何が起こったのか考える暇もなく、おとこのこの足が地面から離れ
とうとう体が空中に浮いてしまいました。
空と地面がくるくると回り、強い衝撃を受けて目の前が真っ暗になりました。


どれほどの時間が経ったのでしょうか。おとこのこが目を覚ますと
異常ともいえるくらい真っ赤な真っ赤な空が、雲までも色を染めていました。
次に何かが燃えている、焦げ臭い嫌な匂いが襲ってきました。
体を持ち上げて、周囲を見渡します。
自分の足のすぐ横に文房具屋さんの立て看板が、ぐにゃりと折れ曲がって
倒れていました。道にはガラスの破片が無数に散らばりほのかに葉を
残していた街路樹は丸はだかになっていました。
あちこちで火の手が上がり、黒煙がもくもくと立ち昇り空を濁らせていきます。
耳に入るのは、どこから聞こえてくるのかも分からないほどに
反響する呻き声、悲鳴や怒声。そしてなんとも不穏な気分にさせるサイレン。


おとこのこはなんとか立ち上がって、手や足が動くことが分かると
少しずつ歩調を早めて、また走り始めました。
なんだか頭がくらくら、体はふらふらします。額の右のあたりがやけに熱いのです。
確かめるのはなんだか怖い気がしたので、考えるのを止めてとにかく
病院へ急ぐことにしました。
おぞましい悲鳴から、不快な異臭から逃げるようにおとこのこは走ります。
道に横たわる人たちには目もくれず助けを求める声も一切無視して
燃え上がる商店街をひたすらに、おとこのこは走り抜けていきました。